8月12日(木曜日)

Guppy   2004年8月12日   8月12日(木曜日) はコメントを受け付けていません

天気「今朝も晴れ家族総出で昼寝する」

昨夜は私の作った料理が気に入らないとパパともめた。おかずは豚肉の味噌ステーキととうもろこしの蒸したの。中皿にお肉を乗せ、真ん中にドンととうもろこしを置くつもりだった。ところがパパに聞いたら各自大皿にまとめて置いたらどうやと言うので、そうしてみた。すると見栄えが悪くなって食欲が失せたらしい。パパの言うた通りにしたのに、文句を言われるのは憤慨だ。

それから延々数時間にも及ぶ口論に。ホンマ疲れたわ。やっとの事、11時半に流しの洗い物をして、今度はお気に入りのビデオをDVDに買い換える話になった。31本の買い換え。半分は入荷待ちか完売だ。もうお金が無いわけではないので、いっぺんに買い換えようかとパパに言った。そしたら「やっぱお前おかしいわ」と言われてしまった。いつも行く掲示板では躁になるといっぺんに百万単位で浪費するらしい。私のは10万ぐらいだから、それから考えると安いものだ。でも1円でもケチっている私が、「えーい、面倒臭い、全部まとめて買っちゃえ」と言って、そんな事したら子供が大学へいけなくなるので、自分でも躁の様な気がして来た。

結局、欲しいDVDの値段を調べていたら、朝の5時半になってしまい、パパと子供は寝てしまった。今は私だけが起きている。でも、これ書いていて眠くなってきたので、やっぱり今日は寝ます。昨日もする事が無いので日中寝ていたのだけど、今日は眠気に負けて寝る事にします。お休みなさい。

8月10日(火曜日)

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天気「暑い今日いつまで続くこんな日が」

4日ぶりのシャワー、体重は67キロ弱。でもあちこちのお肉が落ちていっている。最近シャワーが面倒臭くならなくなった。少しは快復してきているのだろうか。本当にこの病気は治るのだろうか。いつも行く掲示板では「寛解」と言う普通に生活出来る様にはなっても、一生治る事はないと皆言っている。私の病気は10年20年の単位で考えてくれと医者は言った。発病して6年目になる。後4年あれば治りそうな予感がする。家事は相変わらずしたくない病になっているが…。今では洗濯さえも億劫だ。

寝る前のお薬は少し減らしてくれたが、以前はぐっすり夕方まで寝ていたのが、1~2時間おきに目が覚める程度になったくらいだ。やっぱり3時半頃まで寝ている。次の診察はお盆明けの週末。明日からパパは盆休みに入る。一日寝ていたらまたブチ切れるだろうな。あ~あ。

8月 7日(土曜日)

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天気「日陰マシ日差しは強し外へ出る」

昨日は3日ぶりのシャワー。体重は67.5キロ。いつもは1週間ぶりなのに、どうした事か。

今日は通院日だった。待ち時間1時間半でキレてしまった。今までそんな事無かったのに、どうした事だろう。一日中寝てばかりいると言ったら、寝る前の処方箋を減らしてゆくと言う。先生も頭を悩ましていた。私はいったい今どういう状態なのか、自分でもわからない。

先日の夫婦喧嘩では「もう病気になる前の私は死んだものだと思ってくれ」と言った。パパがすぐに「昔のお前は子供にこう言うとった」と言うからである。私はもう一生治らない覚悟をしている。昔、子供の手本となって躾していた事はもう出来ない。出来ない私に昔の事を言われても困る。だから「もう昔の私は死んだと思ってくれ、今の私は別人なのだから」と言った。情けないけれど仕方が無い。昔の私なら決してしなかった事をする。

ご飯の食べ方もそうである。人の事お構いなしに、自分の好きな物を好きなだけ食べる。有ればあるだけ食べる。そしてパパがキレる。これの繰り返し。もう嫌になった。私だって好きで怒られる事をしているわけではない。自然にしていたらそういう事をしていただけである。わざと怒らすつもりもない。丸々食べれば太るから、一口味見させてもらって、精神的に満足させようとしているだけである。欲しいと言われる人の気持ちにはなった事がない。

「お前には想像力が無いのか」と言われる。無いのである。それがパパには理解出来ないらしい。もう別に良い。何とか理解してもらおうと何度も夫婦喧嘩してきたが、もうパパに理解してもらう事は諦めた。残念だが仕方が無い。パパには私を理解しようとする気がないのだから…。

8月 5日(木曜日)

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天気「暑い中熱中症でパパダウン?」

パパと結婚したのは間違っていたのだろうか。今日は2時間半、夫婦喧嘩した。元々パパはセックスフレンドだったのだ。パパが私の家に堂々と遊びに来られる様、家族に紹介して欲しいと言ったから、家族に会わせたのよ。それが1週間後、兄嫁の「結婚式場は決まったの? 早く予約しないと式挙げられないよ」の一言で、一気に結婚まで進んでしまったのだ。

大体、結婚する相手もいないうちから、兄嫁は家族の居ない所で、「結婚式の費用は出せないよ」とか「結婚する時は家財道具いっぺんに持って行って、後で取りに来られるの迷惑だから」と言っていた人なのだ。だから私は兄嫁が苦手。

私はその兄嫁の勧めで、したくもないピアノ教師になったのだ。どうしても兄嫁には「ノー」と言えない。彼女はお嫁に来た時から女王様だったのだ。何故か家族中が兄嫁の言いなりになっていた。私が追い詰められたのも兄嫁の差し金で、兄が毎日、まだ亡くなってもいない実父の葬式代を折半に…と言う電話をかけて来たからだ。そういうのは本家の仕事だろう!! (怒) 本家という意識が兄嫁にはないのだ。おまけに弟まで兄嫁のかたを持って、「誰のお陰で結婚できたかわかっとるのか」と言い寄る。私にしたら、成り行きで結婚したのだ!!

まぁ成り行きとは言え、子供がいるから離婚するわけにもいかず (私は離婚家庭で育ったので、そのデメリットをよく知っていたから)、そして私は発病したのだ。

私には15才の時から結婚したかった人がいたのだ。でも2度プロポーズをしたが、相手の方はその度にやんわりと「妹の様にしか思えない」と答えた。諦めた私は、ナンパしてきた大学生と付き合ったり、毎日行くジャズ喫茶の常連さんと同棲したり、同棲から婚約までして破談になった人もいたし、とにかく毎日家に帰るのが嫌でその夜限りのお付き合いをしたり、色々自分を汚して来た。なのにパパと付き合っている時に限って、部の同窓会でその人に会い、もう一度プロポーズしてみようと思っていたら、パパが1次会で迎えに来て「結婚するんだ」とその人に言ってしまったから、その人は気を使って私をパパに押し付けて2次会に行ってしまった。パパと知り合わなかったら、その人と結婚出来たのかもしれないのに…。

でも所詮運命なのかもしれない。3度目のプロポーズも断られていたかもしれない。それを体験出来たら、こんな不完全燃焼な気持ちにはならなかっただろう。きっと私は死ぬまでその人の事は忘れられないと思う。パパの事は忘れても…。

8月 3日(火曜日)

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天気「今日曇り昨日よりも暑さマシ」

一週間ぶりのシャワーである。ちゃんと洗ったのに拭く時こすると垢が出てくる。体重は67.5キロだと思う。入る前に計りそびれて、上がった後、髪の毛ビショビショのまま計ったら、濡れて重くなった髪の毛を含めて67.8キロだったから…。

私の髪の毛は乾かさないでそのまま寝たら、朝になってもまだ半乾きという難儀な髪の毛なのだ。ドライヤーでセットしても2~3時間で取れてしまう。息子の髪の毛は夫に似て、天然パーマだし、濡れてもすぐ乾くしうらやましい。私のは、美容院で乾かしてもらっても二人がかりになってしまうのだ。一人でドライヤーかけても20分じゃ乾かない。疲れるので、今はエアコンで乾かしている。

今日、誰からかわからない電話がかかってきて、出なかったら切れたが、パパも知らない番号だったみたいで、パソコンの電話帳で調べたら、やっぱり知らない人だった。ついでにもう5年もわからなかった、初恋の人の住所を調べてもらった。生まれて初めて結婚したいと思った人だから、いつも把握しておきたいと思った。16年前の引っ越しの時に、これからはパパ一筋でついていこうと思い、ハガキも写真も住所録も全部燃やしてしまって、まさか記憶喪失になるなんて思ってもいなかったから、ああ大事な物を失ったなぁという喪失感に襲われていたのだ。大事な思い出は捨ててはいけないね。