5月 3日(火曜日)

Guppy   2005年5月3日   5月 3日(火曜日) はコメントを受け付けていません

天気「天気良し炬燵カバーの洗濯を」

今日は結婚記念日だ。結婚する前も色々あったが、結婚してからも沢山の苦難を越えて来た。今年で20年になる。この20年間色々あった。

パパがなかなか定職に就けなかった事、舅との絶縁、実母からの執拗な電話による私のノイローゼ、パパからの離婚話、引っ越し先が決まるまでの車上暮らし、4畳半+2畳に風呂無しトイレ共同生活からの出発、私の半年に及ぶ寝たきり生活、マンションに移りやっとまともな生活になった途端の私の手術、パパの仕事による酒浸りの日々、私の田舎への引っ越しとパパの転職、兄嫁からの毎日に渡る新興宗教への勧誘、電話帳から実母に電話番号がばれて始まった付き合い、実母夫婦の夜逃げの後始末、実家の義祖母との付き合い、忙しい兄夫婦に代わって柿を収穫しての柿泥棒扱い、3Kでのパパの末弟と姑との1年間に渡る同居、あげくに何もしない末弟と姑の引っ越しの手伝い、姑との確執、パパの不倫疑惑、実母が私名義と弟名義で口座を作りねずみ講に入会した事件の阻止、実父の末期ガン、兄嫁からの「二枚舌」呼ばわり、兄から毎日あった実父への見舞い禁止の電話、そして弟から「バカは姉貴だ」と言われ3日間不眠のあげくの発病。

それからの記憶はほとんど無い。その為日記の索引を作ったぐらいだ。この20年のうち、発病してからの6年間はアッと言う間に過ぎていった。発病した時は2才児にまで記憶退行した。いつの間にか実父は亡くなり、いつの間にか息子は中学を卒業して高専に入学し、とうとう最終学年の5年生になった。私は半年間の寝たきりを得て、半年間寝たり起きたりしながら畳が擦り切れるまでゴロゴロしていた。そして今ようやく洗濯と夕食の後片付けが出来る様になった。よくぞここまで回復したものよ。主治医に感謝である。

20年、長いなあ。誰も私でさえもここまで続くとは思ってもみなかった。結婚してすぐに子供が出来て、この息子の存在が私達を結びつけていたのである。離婚話が出た時は、子供を連れて実家へ帰ったら子供が兄嫁の子供と差別されるのではないか、私が再婚したら子供は邪魔者扱いされるのではないか、そう思って結論としては実の父親が居た方が子供にとって一番の幸せではないかと考え、無理矢理パパについていった。それで良かったのか悪かったのか。多分良かったのだろう。少なくとも息子は今幸せだと言っているのだから。

昨日も掃除の出来ない私の代わりにパパが掃除機をかけてくれた。仕事から疲れて帰ってきているというのに…。ありがたい事だ。喧嘩も多いけれど、多分私は幸せ者なんだろうな。実感は無いけれど客観的に見て…。

4日ぶりにまたお通じがあった。急にお腹が張って痛くなってトイレへ行ったら出た、出た。これは胆のうが無い為かなあ。胆のうって油の分解をしてくれるところって医者は言っていた。今日の夕飯にじゃがバターを食べたから、油の分解が出来なくて下痢にまでなったのかな。だとしたら、これからは本当にカマ (酸化マグネシウム) は要らないね。

5月 1日(日曜日)

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天気「朝は晴れ午後から天気悪くなる?」

先日の掲示板のトラブルでネットも出来なくなっていた。私の対応が遅れたせいで、一人メンタル系のサイトから姿を消した。私は責任を感じているがもう連絡も取れない。どうかお元気になられて一日も早く心の傷が癒えて日常の生活に戻られる事を祈るばかりだ。

昨日パパが息子の学校の三者面談に行った。土曜日で良かった。会社休まないで済むから。私が入院したり通院した時に結構休んだりしていたのでパパはこのところサービス残業をしている。息子の成績だが、入学時に比べるとどんどん成績アップしているので、この調子でいけば3年編入の推薦は大丈夫だろうとの事。特に先日行われた実力テストでは4教科のうち3教科が学年でも上位だったので心配無いとの太鼓判を押された。国家試験も通っているし、後はまだ有るともっと良いと言う試験を受けていく事さえすれば良いみたい。それから学校からの帰りが遅い日は必ず先生も残っているので心配しなくて良いとの事。ホッ良かった。5年になってから週のうち二日はすごく遅い日があるから心配していたんだ。この日の三者面談、他の生徒は皆母親が来たらしい。でもうちは、私が行ったら大変な事になる。下手をすると喋り続けて小学校時代の事から話し出して止まらなくなるだろうだって。(笑) あり得る。パパが行ったから短時間で終わったのだ。中学の時と同じ。全て息子が決めて親は承諾してお金の工面をするだけ。これが国立大への編入となるともう少し頑張らないといけないが、エスカレーター式の私大だからこのままで良いみたい。就職組はもうとっくの昔に皆就職先が決まっている。まだ卒業まで1年以上もあったというのに、ホント青田刈りだわ。この不景気になんて学校なんでしょう。

一昨日某大型電気店の○00満ボルトへ行った時に、駐車場で見かけた人が卒研の先生だったらしい。その道では世界に名の知られている先生らしい。もちろん学会に英語で論文を出しているし、何かよく分からないが今年は息子の名前もスタッフ名に載るらしい。息子が英語の論文を読む姿は想像もつかない。同じ研究をしている人が居たら研究内容を変更しなければいけないので、他人の論文を読むという事らしいが、つまりは「動物のお医者さん」の中にあったお話と同じ事をしているという事らしい。わかった様なわからない様な…、私には難しいや。理解出来ない。

先日、ニュースで実家の義祖母の入っている老人ホームでノロウィルスが発生したと言っていた。何かたった一人の排泄物から2次感染したらしい。私が先月見舞いに行った時には既に発生していて、私達は使い捨てのマスクをさせられて面会に中へ入ったのだ。その時、非常用の扉は全て閉められていた。そして既に玄関のガラス戸にその事が書いてあったのだが、上への報告が遅れていたという事でニュースになったのだ。祖母はほとんど呆けて寝てばかりいたし、トイレもポータブルトイレが有ったから移ってはいなかったが、職員もほとんど移っていたらしい。最近福祉関係で働く若い人が増えたが、病気になってまでするなんて大変な仕事だあ。

深夜になって突然生理が来た。前のから数えて54日目である。今回も無痛でいつの間にか始まっていた。生理痛のないのはありがたい。このまま順調に終わってくれればいいが…。

4月29日(金曜日)

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天気「昨日まで暑かったのに今日は雨」

今日は買い出しに行くのでお昼からお風呂に入った。入浴剤は桜の季節も終わったし森の○ブにした。森林浴みたいで気持ち良かった。体重は65キロを切った。嬉しい。昨夜、パパのすぐ下の弟が仕事帰りに訪れた。ジュースとお菓子のお土産付きで。(嬉) マカデミアナッツやスナック菓子や色々、息子と二人して平らげてしまった。なのに体重は1キロちょっと減った。何でかな。まあ、ここのところ内輪で色々あったからな。今も問題は続いている。いったいこの後どうなるのだろう。参ったなあ。

買い出しは大変だったけど何とか済ませた。4日分の食材も買った。私は献立が思い付かないので、一人で買い物すると何も買わずに店中グルグル回って、あげくに疲れて何も買わずに出てくる羽目になる。だからパパがついて回って献立を決めてもらわないと困るのだ。いつもそれを決める時に喧嘩になって結局買わなかったりするのだが、今日は喧嘩もせずにスムーズに買い物出来たから良かった。

今朝、15日ぶりにお通じがあった。良かったあ、何とか自力で出せて…。カマを飲むと出るのは良いけれどそのまま下痢になってしまうから…。下痢って1度なると止まらなくなっちゃうし…。だから何とか自然に任せて自力で出せるのが一番かなって。今度はいつ出るのかな。

4月27日(水曜日)

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天気「今日はまた雲一つ無い青い空」

昨夜はパパと大喧嘩した。パパが印鑑登録証明書が要ると言うので、会社のある隣の市役所で取る事になった。電話で聞いたら登録カードと実印が要ると言うので持って行ったら、実印はいらなくて認め印が要ったので実印を認め代わりに使ったと聞いて、私は飛び上がってしまった。私の育った実家では母がどこにでも実印をバカスカ押して財産が無くなってしまった事から、私は「ハンコをどこにでも押さない」という習性が出来てしまっていたのでビックリして文句を言ってしまった。その事から口論になり、果ては「お前は俺を信じていないのだ」と言われてしまった。

確かに市役所の用紙は契約書でも借用書でもないから押しても問題なさそうだが転写すれば利用できるし、ここ日本社会では誰が署名しようが実印さえ押してあればどんな悪用でも出来るのだ。だから私はハンコには特に気を使い、私の目の前でないと契約書にサインも書かせないし実印も押させなかった。だってパパって騙されやすそうだもん。でも、その積み重ねがパパに「ハンコキチガイ」と言わせてしまった。ショック。そして、あげくの果てに「一人で寝かせてくれ」と…。(хх。)

4月26日(火曜日)

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天気「葉桜に雨がシトシト降り注ぎ」

日曜日に私の快気祝いを持って行くとパパが言うので、私もドライブがてらついて行った。てっきり弟宅へ行くもんだと思っていたら、先に私の実家へ立ち寄ると言う。私は胸がドキドキした。大丈夫かなあって。昔からの村への道は大丈夫だった。分譲住宅やアパートが新しく建っていたから平気だった。そのうち見覚えのある十字路が出てきて、そこからはもう息も潜める様になった。実家の駐車場に車を止める。幸い兄嫁の車が無かったので不在という事はわかった。ホッ。パパが一人で荷物を持って実家の勝手口へと行った。私は胸の中で「どうぞ私が来ている事をパパが言いません様に」と祈っていた。心臓はパクパクしていた。パパが戻って来る。すぐに運転席に乗って出発する。「はあ~、良かった」っで聞いたら兄が一人で居ただけだったらしい。勝手口で渡して、私の事を聞かれたので退院してから安定していない旨、伝えて来たらしい。上がるかとも言われたが断ってくれたらしい。安堵、安堵。

次は弟宅へ行った。朝から何度か連絡を取っていたが通じなかったから、お天気も良いし居るかどうか心配だった。そうしたらやっぱり車が無いので弟の携帯にパパがまた連絡すると、仕事中との事でお嫁さんの携帯番号を教えてくれて、そちらへかけたら家に居たらしく出てきてくれた。上がってもらいたいけれどちょっと…と言う事なので表に出てきて私も会った。でもろくな挨拶も出来なかった。本当に私、不調みたい。パパの言う通りだ。それで5分くらいでバイバイして帰途にDVDを買いにあちこちお店を回った。

実はパパは丁度班長会議が有ってお酒を飲む会なので、それをさぼる為にお昼から出掛ける事にしたらしい。買ったDVDは「ブルース・ブラザーズ」と「ツインズ」と「フック」だった。早速うちへ帰って「ブルース・ブラザーズ」を見た。見た事の無いシーンがいっぱい有った。実はDVD化するのに元のフィルムが1本しか無かったそうだ。当時はフィルムを保存しておくという習慣がなかったかららしい。その1本がたまたまディレクターズカットされていない試写会用フィルムだったので、劇場でも見た事のないシーンが有ったのだ。それを修復してからDVD化したので、実は高価だったのだ。4000円もしたの。痛かった。でも買った甲斐があったよん。ミュージッカルのシーンが長くなっていたから。(嬉)